June 25, 2004

日本航空123便

事故調発表を元にした JAL123便飛行跡略図(ダウンロードはここを右クリックなのかな…)
 お盆が近づき暑くなってきました。この時期、心身ともに疲れると、日本航空123便の事故(*)をわらわらと思い出すことがあります。
 夜間、ヘリからの確認 or 撮影で墜落した場所は大体つかめたけれども、正しい位置を認識できなく錯綜する情報。明けてなお燻り続ける事故現場。その現場から、ヘリで吊るされた自衛隊員に抱えられ、奇跡的に生還した少女。後日メディアがその少女を追い回し、彼女の精神に更なる追い討ちをかけたこと。怒りと悲しみ、諦めが入り混じった彼女の不思議な表情。
 あの事故は酷かったな。写真は事故機です。

 リンク先のフラッシュ(正確には墜落した機のボイスレコーダー)に、途中で機長の
「これは駄目かもわからんね」
「どーんといこうや」
 という声が入っている。自分に言うでも副操縦士に言うでもなく。その恐怖は尋常ではなかったと思います。
 けれども、クルー(機長含む)たちは最後まで諦めることなく、機体を立て直そうと必死に努力する。機長にもなる人がその飛行経験からしても、確実に墜落することはわかっていたはずなんですよね。
 亡くなられた方々へのご冥福を、改めてお祈りします。

(*)
 1985年8月12日、羽田発大阪行日本航空123便は、離陸(午後6時12分)から12分後、相模湾上空で後部圧力隔壁を破損、それに伴い垂直尾翼と油圧系統も失い操縦不能となった。その後迷走し、同日午後6時56分28秒、御巣鷹山の尾根に墜落した(この5秒前に機体後部下部を木に接触させている)。死者520名、生存者4名という大惨事になった。

参考 >> 日本航空 123 便事故 御巣鷹山 悲劇の真相

コメント

他人の写真を勝手に使わないでね。

 あーこれ、そちらのサイトで入手した写真じゃないよ(笑)。元はもっと大きい。記憶では確か、当時の新聞、雑誌の写真多数がまとめて圧縮してあり、それをダウンロードさせるサイトだった。
 もっとも、著作権の本当のところは新聞社(出版社)か撮影したカメラマン本人にあると思うけど。

 いずれにせよ、これ以上のやりとりは面倒なので削除。タメ口もそちらがいきなりタメ口なので、失礼ではないでしょ。

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)