『花を運ぶ妹』

 作者は池澤夏樹氏。勝手に思うところがあって、他の作品も含めあえて読んでいなかったのだけど、ある人に薦められて読んでみました。
 毎日出版文化賞受賞作品。文庫本でも出ています(文春文庫)。
 以下たいち評。
 インドネシアはバリで、薬物不法所持(へろ)で捕まった兄(画家。依存が生じていました)の独白。その兄を助け出そうと奔走する妹(コーディネーター)の語り。それが各章ごとに続いていきます。
 独白、兄で大江健三郎の『同時代ゲーム』を思い浮かべる人は正しい(*1)。ただ、あれほど純文学(not 私小説)な技巧的複雑さはなく、とても読みやすいです。やりきれないこともかなり書いてあるのですが、上記のように2人の視点で書かれているので、するっ、するっと切り替われるところも逆に読みやすくしています(*2)。
 聖と俗、善と悪、生と死。神話。アジアとヨーロッパの対比。混沌、矛盾にすごくうまく触れています。バリという設定で匂いを伴って書かれています。
 風光、色彩、空気、水。素直に五感(+ 一感)に訴えてくる描写、記述、ストーリーがずば抜けて素晴らしい。
 名作認定。この作品は凛として立っています。
「ぼくは水を潜ったのだ。深い広い水を渡ったのだ。死の恐怖と三年の幽閉、一年の回復期を経てここに来た。そうやってあなたの手を逃れた」
「この戦いが無限に続くことをぼくは願っている」
 本作品より。


(*1)
 実際、『花を運ぶ妹』では兄の独白の中でちらりと出てきます。
(*2)
 一方の独白を延々読ませるのは、読み手を疲れさせる or 選んじゃうからね。前出の『同時代ゲーム』なんか特にそう。
 私的にはあっという間に読めたし、理解もしたつもりでいるけど。あれ受け付けない人は、ほんと受け付けないなぁ。純文学(not 私小説)の世界では、ああいう実験的で一見難解なの多いですよ。

タイトルとURLをコピーしました